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2026年7月26日(日)
猛暑を避けて

 猛暑を避けて

猛暑を避けて
1時間半の畑仕事をして朝食
朝食後に目に止まる毎日新聞の「余禄」

藤本裕子氏の確信の紹介
「半径3メートルの世界を大切にすることが
未来を変える力になる」

いきなり手の届かないところではなく
まず 手の届くところを大切にすることが
未来をかえる力になるというもの

これは 儒教の経典『大学』の
「世の中をよくするためには
身近なところから整えていくこと」
この教えに通じている

半径3メートルの世界は
E.T.ホールの空間利用の4分類では
密接と個体 加えて社会の距離半分を含む

藤本氏は雑誌の編集長らしく
「手の届くところを大切にする一歩は
よく観察して記録すること」という

少しの心がけで
できそうな範囲のことを
まず大切にする

猛暑避け 朝飯前に できること

*藤本裕子(1958- )氏は、月刊誌「お母さん業界新聞」の編集長。『大学』には、「修身斉家治国平天下」とある。E.T.ホールは、文化人類学者(拙著『四季開眼3』参照)。

2026年7月22日(水)
酷暑でも

 酷暑でも

当地でも
40度以上の酷暑日となった
そして今日も酷暑日に近づいている

チベット高気圧と太平洋高気圧が重なったものの
昭和時代にも令和時代にも
記憶にない暑さ

こんな気候に合わせて
朝5時半頃に畑に行き
1時間半程の作業をして朝食
午後は3時半頃に畑に行き
1時間程の作業

加えて
昼食後は午睡をしてから
「つどいの丘」で読書と執筆
夜は今日の記録など

こんななかで
「意識の風」を吹かせている
これは 暑さ寒さを感じない
ただただ一瞬のなかに永遠
微塵のなかに宇宙を含んで
さわやかなに吹き渡る

酷暑でも 我が心中は さわやかに

2026年7月17日(金)
霞んで見える

 霞んで見える

霞んで見える猿投山
今日はなかなか蒸し暑い
ここクーリングシェルターは
「つどいの丘」

今まで
「第一の自分」があって
「第二の自分」に気づく
このようにとらえてきた向きがある

本当はその逆
「永遠の生命」の分身が
幾層にも幾枝にも分かれ
その一つが「第二の自分」となり
そして それが「第一の自分」となる

なお
「永遠の生命」は宗教的には
神仏になるのかな

でも
見えない世界の推測には
やはり常に危うさが伴うし
神仏を推測するには
不敬が伴う

夏の山 霞んでいるのは こちらかな

2026年7月9日(木)
夏空に雲ひとつ

 夏空に雲ひとつ

発表はまだないが
どうもこの空模様は
梅雨明けしたようだ

夏に合わせて
床屋で理髪した
その折 店主の誘いで
この頃の探求テーマを口に出した

常日頃 自覚している自分を
「第一の自分」と称していること
それとは別に「第二の自分」があること
これが「本当の自分」にあたること
その店主へはここまで止まり

その先は
「第二の自分」の意識は
「永遠の生命」「地球意識」の分身で
永遠性と無限性を持っていること

その「第二の自分」の意識
そこから降りて来ることを受け取り
他人に分かるように言葉にするには
やはり 大きな壁がある

でも
その壁を超えること
これは「第二の自分」に気づいた者の
役割になるのかな

夏空に ぽっかり浮かぶ 雲ひとつ

2026年7月2日(木)
梅雨真っ只中

 梅雨真っ只中

間もなく梅雨入りして1か月
各地で大雨の被害も出ている

我が畑では
スイカが1株から2株
2株から3株と枯れている
モグラがあちこち活動しているようだ

そのモグラを除けるために
ペットボトル風車を幾つか立てた
効果は今のところはっきりしない

似たことは
外の仕事でもよくある
始めは事がうまく運んでいても
予期せぬ事でうまくいかないことがある

始めからリスクを避ければよいが
リスクが見えないこともあるし
リスクを呼び込むこともある

そんなとき
その後の対策がモノをいう
仮にそれの効果や成果が出なくても
その後の知恵として残る

知恵絞る 梅雨真っ只中 スイカ枯れ

2026年6月25日(木)
ネジバナや

 ネジバナや

梅雨の真っ只中
雨間を見て土手の草刈り
その数日後に 目に止まるは
ピンクの可憐な花がねじれて咲いていた

そう言えば
人の遺伝子もこのようなねじれが
対になっていると言われている
いわゆる 二重のらせん

言わば
それは 生命の設計図で
アデニンとチミン グアニンとシトシンの
4つの塩基が組み合わさった二重らせん構造
これは DNAと呼ばれている

さてさて
宇宙誕生から星の誕生
その星が超新星爆発を繰り返し
この地球での生命の素材もつくられた
その素材にはDNAの核酸塩基が含まれていた
このように推測されている

この生命の設計図を元に
今の「第一の自分」ができ
やがて「第二の自分」にも気付かされる
そして「永遠の生命」にも

ネジバナや 遺伝子語り この土手で

*ワトソン(1928−2025)とクリック(1916−2004)が、遺伝子の二重らせん構造を発見し、ノーベル生理医学賞を受賞した。

2026年6月14日(日)
梅雨入りして1週間

 梅雨入りして

梅雨入りして1週間
梅雨らしい日は初めの2日だけ
その後は中休み

我が家の畑
スイカの葉が一茎
元気がないのでよく見ると
その根元に大きなカタツムリがいた

こんななかで
人生相談の文言を思い出す
それは作家の高橋源一郎氏の言葉
「愛も友情も喜びも悲しみもやがて消え去り
残るのは寂寥と孤独だけ
その事実を抱えて
わたしたちは短い命を生きるのです」と

さらに
「耐えられないほどの孤独であることを
知る以上に価値あることはありません」と結ぶ

たしかに
肉体のある「第一の自分」は
この世のかかわりをすべて絶って
ひとりで旅立っていく

でも
肉体のない「第二の自分」は
意識としての触れ合いが残り
「永遠の生命」の分身仲間がいる

寂しさを 口には出さず カタツムリ


*高橋源一郎氏の言葉は、毎日新聞の人生相談「人間を信用せず75歳」の回答より。

2026年6月3日(水)
台風6号がかすめて

 台風6号がかすめて

今日は台風6号が未明から朝にかけて
当地の南方をかすめて通過
そのため風雨の荒天

ところで
自我に閉じ込められた意識は
空気のなかにあって空気が
水のなかにあって水が
分からないのと同じ

でも
心中の「意識の風」は
一瞬のなかに永遠があり
微塵のなかに宇宙があるようだ

この意識は
宇宙の仕組みの一つ
「永遠の生命」の分身でもある

仏教には
「命あるものすべてに仏性がある」
「人には皆仏性が備わっている」
こんな教えがある

ああ
この仏性を意識に置き換え
「意識の風」が生きとし生けるものに
吹き渡っている

風雨去り 意識の風や 吹き渡る

*『涅槃経』には、「一切衆生悉有仏性」(命あるものすべてに仏性がある)とある。)

2026年5月23日(土)
ナス苗植えて

 ナス苗植えて

今日は曇り空の下
種から育てたナス苗を植えた
苗は発芽してからおよそ1か月になる

種からの苗づくりは
どうしても余りが出てしまう
それで隣のIさんにもらっていただいた
「もしよかったら」の言葉を添えて

どんなことも
相手には相手の都合がある
「もしよかったら」の構えで受けていただく

ナス苗植えでは
スクスク育てと気持ちを込めるが
もらっていただいたナスに見返りを求めない

こんな小さなことの積み重ね
普段の生活のなかでは
求められている

夏近し ナス苗植えて 育ち待つ

2026年5月15日(金)
朝のボランティア

 朝のボランティア

今日は
朝のボランティア
学区小学校の4年生での読み聞かせ
70の瞳がキラキラと輝いて見えた

拙著『四季開眼3』のなかの
詩「くものうえから」を2回朗読した
1回目は 言葉の説明をしながら
2回目は 心を込めて通して

聞き方は様々
目も口も開いている子や
目をつむって情景を浮かべようとしている子
心で受け止めようとしている子など

この朗読で
「おたがいに よくかかわりあうことで
よくむすびつちからが うまれる」
このあたりが心に引っかかればいいな
人生の旅路に贈る言葉として

春クラス 朗読の姿 見おろされ

*拙著『四季開眼3』は、2024年に展望社より出版。

2026年5月6日(水)
イチゴ狩り

 イチゴ狩り

5月の連休が終わった
この間の畑仕事は 薩摩芋の蔓挿し
それで しばらく朝夕の水やりは欠かせない

そんななかで
3歳と4歳になる孫が
旬になった「イチゴ狩り」に来てくれた

「これ 赤くて大きいよ」
「これ まだ青い所がある」などと言いながら
かわいい手でイチゴをホイホイと袋に入れていた

ああ
このころは親の見守りのなか
何をしても楽しい

見守っている親たちも
自分の子の姿に自分を映し
楽しいひと時を過ごしているようだ

皆が元気を養う一助になれば
イチゴづくりの楽しみが増す
この連休も

春イチゴ キャッキャッと取り 笑顔満つ

2026年4月29日(水)
昭和元年から百年

 昭和元年から百年

4月ももう終わりに近づき
先週からイチゴが収穫できるようになった
そう言えば 今日は昭和元年から100年になる

昭和の時代は
軍部が台頭して第二次世界大戦
そして 太平洋戦争となり国土は焦土
敗戦後は 主権在民の平和憲法のもとで
15年もすると高度経済成長30年

平成の時代は
バブル崩壊で始まり
追い打ちするように阪神淡路大震災
さらに リーマン・ショックに東日本大震災
この30年はやはり経済低迷

令和の新時代は
コロナパンデミックで幕開けするも
東京オリパラや大阪関西万博などで持ち直し
海外からは 親切 正確 自由なのに安全と好評価
製造装置 ハイテク部品 高機能素材でも高評価

私の青壮年時代は
高度経済成長の真っ只中
家庭を持ち 3人の子どもに恵まれた
今では 3人ともそれぞれ家庭を持っている

おお
昨年の猛暑のなか苗取りしたイチゴ

その暑さ 冬の寒さにもよく耐え
今は 旬となった

実を結ぶ 寒暑乗りこえ 春イチゴ

2026年4月20日(月)
かたつむり

 かたつむり

「でんでん虫々 かたつむり
お前の頭は どこにある
角出せ やり出せ 目玉出せ」

これは
子どもたちが口ずさむ
童謡「かたつむり」

このカタツムリの触角
なんだか人の意識が
あっちへ行ったかと思えば
こっちへ行くのとよく似ている

人の意識が
畑にあったかと思えば山に飛び
居間にあったかと思えば書斎に飛びである

また
A氏と会っていたかと思えば
B氏と会っている
瞬時に時空間を超えて飛んで行く

ただ 人の意識は
カタツムリの触角が
あっちこっち動く以上に
何倍も何十倍もよく動く

かたつむり 角ふりふりて 時空超え

*かたつむりの触角は4本(大小2対)あり、大触角の先端には明るさを感じる目、小触角には匂いや味を感じるセンサーがついている。(Webサイトより)

2026年4月10日(金)
家の内にあって

 家の内にあって

低気圧が日本海を渡るため
今日は 一日中雨
家の内にあって
振り返る

たまたま
数え年80歳の誕生日
「傘寿になったか」と感慨無量

生まれた年は
終戦直後の混乱のなか
新憲法施行 教育基本法制定
食糧や燃料不足のなか
ベビーブーム

青壮年期は
高度経済成長のなか
家庭を持ち3人の子に恵まれた
その3人も 今ではそれぞれの家庭を持っている

なかでも幸せなことは
この間この国に戦争のなかったこと
これほど幸せなことはない

だが 極楽トンボではいけない
世界には戦争で苦しんでいる人々もあるし
「意識の壁」はあることは分かるが
知らぬ間に元に戻っている

知らぬ間に 「意識の壁」の 内にあり

2026年4月4日(土)
菜種梅雨

 菜種梅雨

このところ
3月半ば頃から
雨が降ったり止んだりで梅雨のよう

我が家の畑では
ニンジン カブ ダイコン
サニーレタスなどが次々と芽を出す

若い命が誕生し
これから成長しようとする姿は
植物も動物も ましてや人間も
微笑ましさを含んでいる

そう言えば
「僕は この発芽を見るのが
たまらなくうれしい」と言った隣人は
もう 亡き人

誕生から死に至るまで同一線上
でも 誕生は喜びを
死は淋しさを伴う

そうであっても
この今をこの時を輝かすことは
生きとし生けるものの役目

菜種梅雨 種まき苗植え 時知らせ

2026年3月22日(日)
汗ばむ陽気

 汗ばむ陽気

暑さ寒さも彼岸まで」
この言葉通りに
朝の冷え込みは残るものの
日中は畑を耕していると汗ばむ陽気

さて
前の作詩の続き
「悠久の時の流れと一つになる」
一口に言ってもなかなかそうはいかない

でも
ほんの一時ならできる
全身の力を抜いて無心になること

すると
何も耳に入らず
何も目に入らず
何も肌に触らない

そうして
気付いた時には
相当の時間が経っていて
心地よさだけが残っている

時に乗り 巡り来るや 心地よさ

*彼岸は、春分と秋分の日を中日として、その前後7日間をいう。

2026年3月17日(火)
桜ちらほら

 桜ちらほら

春分を間近にし
ソメイヨシノがちらほら
あれほど厳しかった冬も去り
春暖のこの頃

歳を重ねるごとに
加速度が増す時の流れ
旅立ちは意外と早くなりそう

その時に備え
身の周りを整理し
残る人に迷惑をかけない
これは言うは易く行うは難し

とりあえず
雨の日は片付ける
箇所を決めて片付ける
これをまず1か月やってみよう

おっと
まだある
気付かないだけで随分ある
これまでためた心の垢

これもとりあえず
1日1回でいい
天地万物と一つになる
悠久の時の流れと一つになる

時巡り 桜ちらほら 加速増す

2026年3月8日(日)
寒もどり

 寒もどり

芽を出したジャガイモ
今日は 冬に逆戻り
寒さで震えていた

それでもやはり
寒暖を繰り返して
一歩一歩春へ向かう
日ごとに日の出は早く
日の入りは遅くなっていく

私たちは
1日24時間周期の
地球の自転と体内時計
これに加えて1年周期の
地球の公転の時計がある

この時計のなかで
生まれ 育てられ 育て
老いて 死を迎える

こんななか
どこから来て
どこへ旅立つのか
この問いが生まれる

広井良典氏は言う
「時間を超えた何かから生まれ
しばらくの間 時間のなかを生き
再び時間を超えた何かに帰る歩み」

田坂広志氏は言う
「地球上に生み出された我々の意識は
肉体と意識に拘束されて様々な体験等を与えられ
肉体が死を迎えると その中心はZPFに移り
自我意識を脱し 超自我意識を経て宇宙意識へ」

宗教のなかには
「人間は本来 天国の住人
魂を磨くために 転生輪廻をし
今世の生き方で 異なる世界へ還る」

寒もどり 魂磨き どこまでも
芋の芽 寒気あっても 耐えにけり

*広井良典著『無と意識の人類史』東洋経済新報社、2021年、265頁。田坂広志著『死は存在しない』光文社新書、2023年、295頁を参照した。なお、ここでのZPFは、「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」。宗教は、「幸福の科学」等の教えを参考にした。

2026年3月1日(日)
廃駅の跡に

 廃駅の跡に

廃駅の跡に
河津桜の並木がある
花の蕾がもうピンクがかっていた

この現実世界
かかわりで成り立っている
かかわりはコトバ モノ カネなど
プラスもマイナスも含まれるかかわり

さらにここに
人の意思や意図では
ままならない意識が加わる
一面でやさしく一面で難しい現実世界

やさしさの一面は
法則や法律 慣習や習慣など
数式や言葉などで表せるものは
どちらかと言えばまだ分かりやすい

難しさの一面は
喜怒哀楽などの感情
愛や憎しみ 貪欲など
やはりなかなか御し難い

こんななかの救いは
安岡正篤氏の六中観
忙中閑あり 苦中楽あり
死中活あり 壺中天あり
意中人あり 腹中書あり

これに加えて
心中仏あり

心中に 招き入れけり 花蕾

2026年2月23日(月)
暖かさに誘われ

 暖かさに誘われ

この暖かさに誘われ
畑の土手では タンポポ ナズナ
ホトケノザ イヌノフグリなどが
咲き始めた

振り返って私たちは
この地球の素材の一部を借りて
この地球の意識の一部を借りて
今 ここに在る

でも ここでひっかかるのは
地球に意識が在るのかということ
目に見えないだけに不明なところである
それどころか 自分の意識すらままならない

それはあたかも
水の中にいて水が
空気の中にいて空気が
目に見えないようなものかな

『臨済録』で「真正の見解」について
「自分の本心とはどんなものかと求めておる
そいつが本心だと分かれば求めるものは何もない」
このように記されている

あたたかし 我なりきって 我を知る

*「真正の見解」は、山田無文著『臨済録上』禅文化研究所、1993年、138頁を参照した。

2026年2月15日(日)
梅の蕾が

 梅の蕾が

我が家の畑の土手
この季節外れの暖かさで
梅が一つ二つと咲き始めた

折しも
イタリアではオリンピック真っ最中
メダルの実力は十分あるのに逃す選手
予期せずメダルを獲得する選手
悲喜こもごも

およそ競技は
同じ空間と言うか
同じ土俵の上での勝負

でも人生は
そんな場ばかりではない
どれだけ多くの人に喜びを与えたか
どれだけ多くの人を励ましたか

さらに 時空間を超え
どれだけ多くの人の支えになったか
どれだけ多くの人を励まし続けたか
こんなことが問われている

梅の花 時空間超え 咲き始め

*同じ土俵の上だけでなく、時と場合によっては、少し土俵をずらしてみると道が開けることがある

2026年2月5日(木)
寄せ植えの花が

 寄せ植えの花が

「つどいの丘」玄関先の寄せ植えパンジーが
にこやかに迎えてくれているようだった
それもそのはず上空には暖気が入り
春を先取りした暖かさ

こんなとらえ方をする意識はどこからくるか
まず浮かぶは「心脳同一説」と「機能主義」
心は 脳そのものとするのが前者
心は 脳が実現する機能とするのが後者

この二つは
心も物質から作られているとする
「物的一元論」でくくられている
対して 全ては心が作り出しているとする
「心的一元論」がある

この二つも
心と物と同じものとする
「一元論」でくくられている
対して 心と物は別のものとする
「二元論」がある

そう言いえば「維摩経」には
色身と法身があると説かれている
肉体としての体と真理としての体である
自我を成り立たせている別の体があるとする
これは「二元論」になる

人間だけでなく全てのものに
個性とレベルの違いはあるとしても
それぞれの形を成り立たせている意識がある
これは「二元論」を推し進めたとらえ方

春隣り 寄せ植え花が 迎えけり

*心身問題についての考え方は、信原幸弘・渡辺正峰著『意識はどからやってくるか』(ハヤカワ新書、2025年、166頁)参照。「維摩経」については、山田無文著『維摩経法話上』(春秋社、1968年、166頁)参照。

2026年1月29日(木)
今日の空模様

 今日の空模様

今日の空模様
先程まで日が出ていたのに
もう暗くなり雪がチラホラ

こんな時々刻々と変わる天気でも
それは 地球大気の循環を
一コマ切り取ったようなもの

とうとうと流れる川の水を
器でくみ取って見れば
水はその中にある

それは
永遠をくみ取れば
一瞬がそこにあるようなもの

でも
その一瞬は
永遠につながっている

そういえば
私たちの命も
「永遠の命」につながっている

永遠を 冬空と共に 垣間見る

* 数学者の藤原正彦(1941- )氏は、「人間の命は、しょせん一瞬の閃光にすぎない。・・・貴重な一瞬の時間を、悠々と真理の追究に使うほうがよほど血の通った人間らしい生き方」(『知性』MOKU出版、1999年、31頁)と記している

2026年1月21日(水)
道が見えてくる

 道が見えてくる

正月明けから
寒いので畑から山での作業
そこでの大仕事は直径35p程の
ネズミサシの木の伐採

根元から切ると
受け口を作りロープで引っ張っても
木の傾きと形からフェンスを直撃しそう

そこで
発想を変えて
下がだめなら上からと

脚立と高枝切りを使い
まず樹頭1m程切り落とした
続けて1m程ずつ4回切り落とした

高さが3m程になったところで
チエンソーで1.5m程
2回切り落とした

このようにして
周りの樹木やフェンスなど
ほとんど傷つけることなく伐採できた

どんなことも
あきらめる前に
立ち止まって道を探せば
今まで見えなかった道が見えてくる

倒木で 道見つけたり 冬の山

*ネズミサシは、ヒノキ科の常緑針葉樹。鋭い針のような葉がネズミ除けに使われたことから名付けられた。(Webサイトより)

2026年1月12日(月)
今朝は一面銀世界

 今朝は一面銀世界

今朝は一面銀世界
新聞も届いていない
仕方なくテレビをつける

それは
NHK「ひむバス!」の再放送
神戸ルミナリエで歌い継がれている歌
「しあわせ運べるように」にかかわって
日村さんらが関係者のバス送迎を担い
先生と生徒の絆を結ぶという筋書き

30年ぶりの再会で
合唱指導した当時の小学生たち
そのなかの3人が出演して先生について
「普段優しく 練習は厳しかった」と

その先生の伴奏による
「しあわせ運べるように」の合唱と共に
よみがえってくる当時の意識があり
涙が止めどもなくあふれる
それを見る人にも

悲しい涙ではない
かといって嬉しい涙でもない
歌の時空間を介して直に触れ合う意識

それは 一人ひとり
性別 年齢 個性の違いはあっても
大なり小なりみんな持っている

積雪も 琴線触れる 出会い呼ぶ

*人は皆、心に琴線があり、それは平和な社会づくりの源になっている。

2026年1月6日(火)
教え子からの年賀状

 教え子からの年賀状

教え子からの年賀状
そこには「疲れました」と
自分には何ができるかと考えて
拙著『四季開眼3』を贈ることにした

重職を任され
上からも下からも周りからも
思わしくない意識の風を感じる時
やはり 誰でも自身の意識が重くなる

そんな時 思い出すのが
江戸時代の儒学者 貝原益軒の言葉
「養生の術は まず心気を養うべし」

彼は
幼少のころは体が弱かったが
養生で80歳を過ぎても目も歯も
ほとんど衰えなかったという

その養生というのは
病気になってからではなく
普段から病気にならないために
食事 運動 休息を過不足なくすること
なかでも「心気を養うこと」という

健康を 人にも勧め 年始め
 
 

2025年12月25日(木)
梅の剪定

 梅の剪定

年末になって梅の剪定
庭に2本 畑に2本 土手に2本
ほぼ1週間がかりの作業であった
こんななか 年の瀬なのか
振り返りがちとなる

小中学校の教師になり
多くの子どもたちに出会えたこと
そのなかで障害を持った子どもたちから
時間と空間は普遍的なものではなく固有のもの
このことをしっかりと教えられたこと

定年退職をしてからも
時間と空間にかかわった作詩を通して
「人の意識」の融通無碍なること
これを御することの難しさと
その大切さに気づかされたこと

もとより
作詩の過程は
余分な言葉を省き
想いを人の心へ届きやすくする作業がある

そう言えば 剪定は
枝に大きな実をつけさせるため
花芽の少ない枝や徒長枝等を切り落とし
本体を育てることでは作詩と似たところがある

剪定を 終えてすっきり 冬支度

2025年12月21日(日)
冬至前

 冬至前

今日は朝から雨
今年も残り10日となった
この1年を振り返って

新居へ長男と次男が移ったこと
万博へ家内と娘家族で行ったこと
白内障の手術を受けたことなど
走馬灯のように過ぎた

およそ
人によって違いがあるものの
待つ時間より過ぎる方が速く感じる
この「時間間隔の知覚」

それでも人には一様に
体内のタンパク質が約24時間周期で
時を刻む体内時計がある

仮に体がなくなり
体内時計もなくなれば
地球の自転 公転の周期が
頼りになる時計として残される

冬至前 やわらかな雨 歳を告げ

*令和7年の冬至は、12月22日。

2025年12月14日(日)
にわか雨も

 にわか雨も

今日は 朝方は雨
日中は晴れたり曇ったり
にわか雨も

暮らしの中で
我が家の中であれば
暗くても歩くことができる
ほぼ毎日仕事をする畑であれば
どこに何が植わっているのか分かる

毎日流れる
国内や国外のニュース
場所が出れば国内であれば
○○県の○○と日本地図の位置
国外であっても○○国の○○と
世界地図の位置はおよその見当がつく

ひとの意識は
このような「空間的な意識」だけでなく
前述の「時間的な意識の拡大」もあるし
共感や同情のように他の意識と響き合えるし
周りの自然とぴったり一つにもなれる
まさに融通無碍

ああ
この暖かな室内から冷たい室外へ
意識だけ飛んで行っても
いつの間にか元に戻って来る

冬景色 ころころ変わる 空模様

2025年12月3日(水)
寒気到来

 寒気到来

寒気到来
久しぶりの「つどいの丘」
ホール内にはサンタとクリスマスツリー
外は紅葉の入り混じった猿投山
時の経つ速さを感じる

若い頃にはそれほど感じなかった時の速さ
この一年間は一生の78分の1
3歳の孫なら3分の1

このように人には
加齢とともに速く過ぎる
「時間感覚の知覚」があるし
その人固有の進み方の時間もある

一方通行のこの時間
過去 現在 未来の三相があり
過去にも未来にも行くことのできる
「時間的な意識の拡大」もある
この中には永遠中の一瞬
一瞬中の永遠もある

かたや
光速に近づいて移動するとき
観測者からは伸びるという
相対論からの時間もある

はらはらと 木の葉舞い散る 時が来て

*ここでの相対論はA・アインシュタインの特殊相対性理論。

2025年11月24日(月)
数日前の霜で

 数日前の霜で

数日前の霜で
夏野菜の葉は真っ黒
でも冬野菜は元気

夏野菜を片付けていると
隣畑のNさんから
T地とM地の位置を尋ねられ
自分の勘違いもあり言葉での説明に苦慮

人には「固有時間」「共有空間」があり
人によって違いがあることは分かっていても
ときには すれ違ったり
トラブルになることがある
個人だけでなく団体や国家でも似ている

そう言えば
まだ現職のころ
なかなか信頼関係の築けないとき
相手の心の琴線に触れるあることで
その後のかかわりがうまくいったことがある

これが 自分にとってはその後
人の「固有空間」に配慮し
「共有空間」を築こうとするきっかけになった

この「共有空間」
人だけでなく自然環境に対してもある

冬野菜 この冷え込みも なんのその

2025年11月17日(月)
紅葉が随分

 紅葉が随分

まず右目そして左目
白内障手術と術後の治療
これを受けている間に
紅葉が随分進んだ

遅れがちであった
タマネギの苗植えと
エンドウの種まきを
やっと終えることができた

私にとっては
これだけの広さの畑をやれるのは
野菜をもらいに来てくれる
息子達がいるから

歳を取ってからは
若い時に蓄えた力を
ほどよく使って生きる
これは一つの生き方

世の中にはある
誰からも頼りにされない
定年退職後の生活は趣味に興じ
大した束縛を受けない気ままな生活
これもまた一つの生き方

でも
やはり何かしら物足りない
「本当の自分」との出会いがなければ
「本当の自分」は「第二の自分」であり
「永遠の生命」の分身でもある

そのためには
「第一の自分」だけではないと
早く気づくことかな

紅葉や 輝き放って この世去る

2025年11月4日(火)
白内障の手術

 白内障の手術

立冬間近の穏やかな秋晴れ
T眼科へ午後1時予約の10分前
受付に着くと待合室には既に7名の方
私は最後の8番目

1人15分程かかり1時間45分程待つ
その間 看護師さんが10分か15分置きに点眼
始めは瞳孔を拡げるもので最後は痛み止めとのこと
血圧と体温も測られたが若干高めとのこと

呼ばれて
手術室前の小部屋で待つこと5分
その間 手術着に着替え貴重品はロッカーへ
そしてトイレを済ます

手術室では
T先生の外 助手の方2名
術中の痛みはほとんどなかったが
右目をグリグリされる感覚や
流水のような音や機械音が気になり
実質10分程であったが長く感じられた

手術台から離れるとき
「うまくいきましたか」と訊ねると
「成功です」との返事で
辛い時間が和らいだ

会計を済ませて外に出ると
家内が車で待っていてくれた
手術の真最中の2時半頃に来たよう
表情には出さないものの心配をかけたよう

T先生とスタッフの方々
そして 家内に
感謝 感謝

*T眼科は、「とみやす眼科」(豊田市四郷町森前南2−4)。T先生は、富安胤太医師。

2025年10月27日(月)
土手のコスモス

 土手のコスモス

土手のコスモス
いよいよ盛りを過ぎて
今は花から種へ変わりつつある
時間をかけて

そんななかで思うに
人は生きていれば必ず出合う
悲しいこと 苦しいこと 辛いこと

でも
よくしたことに
近くか遠くか分からないが
また見知らぬ人かもしれないが
それを支えてくださる人がある

ただ
そんな人がなくても
消しゴムのようなはたらき
それは時間の経過

これを知らずに
さらに深みへ深みへと
どんどん入り込むことはない

時間の癒し
「大きな目」で見れば
人に与えられた恵みのなかの恵み

コスモスの 時間をかけて 種づくり

2025年10月16日(木)
半袖から長袖に

 半袖から長袖に

あれだけ日照りが続いていたのに
今月になって曇りや雨の日が多くなった
その分涼しくなり半袖から長袖に

月刊誌「倫風」の表紙裏に
「人がともに生き
仲良く楽しく暮らしていく
そのための道筋を倫理という」と

続いて「朝の誓い」があり
五つあるなかの一つに
「今日一日 気付いたことは
身軽に直ぐ行います」と

「身軽に直ぐ行う」
易しくもあり難しくもある
これまで自分の心がけてきたことは

席等を立つときは
きちんとはできないものの
それでも手の届く周りのモノを
手早く片付けて離れることにして来た

コトバについては
これもなかなかうまく遣えなかったが
それでも気付いたときには努力して
相手のことを考えて発して来た

モノでもコトバでも
今日一日と言わずに
週初めとか週末でも
また月初めとか月末でも
定期的に自己点検すること

さらには
「生き方」の点検を加えれば
鬼に金棒 人生行路

すすき梅雨 我振り返り しめやかに

2025年10月6日(月)
コスモスや

 コスモスや

遠くには猿投山
目の前にはコスモス
コスモスは風に揺れている

やはり
人の頭のなかには
遠景 近景等を意識する
意識しないにかかわらず地図がある

この地図は
絵や写真と異なり
モノ コト コトバ等で
かかわり合うことで頭のなかにできる

そのかかわりは
自分と環境 自分と他人との
相互の働きかけがもとになっている
これが その人ならではの「固有空間」
教育は これを「固有時間」とともに理解し
さらに豊かにする営みでもある


人は自分中心の
この「かかわり空間」に生きている
加えて地図情報等をもとにさらに範囲を広げ
他人と共有する「共有空間」もあるし
組織等の一員として活動する
「共有空間」もある

この二つの「現実空間」の外にも
ゲーム等のなかやアバター等が活動する
「仮想空間」もある

コスモスや 揺らいでそこに 天を知る

*空間は、現実空間と仮想空間に分けることができる。さらに現実空間は、固有と共有に分けることができる。なお、教育にかかわっては、拙著『四季開眼2』「フリージアが咲いた」展望社。「多種多様な空間」にかかわっては、同じく『四季開眼3』を参照のこと。

2025年9月29日(月)
秋の虫の声が

 秋の虫の声

早朝ジョギングで
まだ未明の草むらから
リーンリーンと秋の虫の声
これも時の流れを感じる一コマ 
こんななかごく大まかに世界史を振り返る

まず古代文明は
エジプト メソポタミア
インダス川 黄河や長江の流域
これらは千年を待たず遺跡を残して消えた

国家では
ムラ 都市国家や小国家ができ
そしてさらに大きな王国や帝国もできた
でも 気候変動 内部崩壊 戦争 疫病等で
幾多の国々が滅んでいった

統治では
律令制に荘園制 封建制にイクター制
覇を競う帝国主義や軍国主義が生まれた
資本主義の矛盾から社会主義や共産主義も生まれ
今では 民主主義 社会主義 新しい資本主義 

宗教では
モーセの出エジプトに始まるユダヤ教から
キリスト教 そしてイスラム教が生まれた
インドでは仏教が生まれるも定着はヒンドゥー教
中国では儒教や道教が生まれ 仏教等が広がるも
今は中国共産党の思想が優先されている
日本では神道が生まれ仏教も定着し

キリスト教等も広まった

産業では
農耕の始まりで第一次産業革命
英国で二百数十年前始まった第二次産業革命
続いてIT等による自動化の第三次産業革命
今や AI AGIやドローン ロボット等による
第四次産業革命が進行中という

「長い目」で見れば
権力は法律に移行中でも
権力者と富裕層しっかり残っている
宗教は水面下となり 科学と資本は水面上
生産の効率化で 辛い労働から離れつつ
医学の進歩で 寿命は伸びつつある

秋の虫 歴史語るや 朝までも

*歴史学者の阿部謹也(1935-2006)氏は、「歴史学というのは現代を知るための学問(『知性』MOKU出版、1999年、128頁)」と記している。
<参考・引用文献>
・風間・佐々木・塚原監修『図解世界史』成美堂出版
・石川栄一編『詳説 世界史』山川出版社、2017年
・Webサイト


2025年9月21日(日)
彼岸花と歴史

 彼岸花と歴史


彼岸花 守らんとするは 平和かな
「私たちの過去は 無生物 生物 文化の各時代
各段階で複雑さが飛躍的に増大」と
デイビット・ベイカー氏

21世紀も4分の1世紀が過ぎた日本
当初は リーマン・ショックと東日本大震災
令和の新時代も 東日本大震災とコロナ禍で幕開け
東京オリパラや大阪万博等で復活しつつある
海外からは 親切 正確 自由なのに安全と好評価
製造装置 ハイテク部品 高機能素材等で高評価

さて 歴史の振り出し
縄文と弥生の時代を経て
3世紀末に ヤマト政権の誕生
7世紀初頭に 冠位12階と憲法17条
聖徳太子は第1・2・3条で「和」「敬」「礼」と
「麗しい日本文化」の本を記す

8世紀は
天皇を頂点とする律令国家の成立
奈良時代の80年は ほぼ律令体制
正倉院宝物や大仏に代表される天平文化

9〜12世紀
平安時代は貴族政治
初期は 最澄 空海の密教が広がり弘仁・貞観文化
中期以降は 源信や空也の浄土教の広がり
かな文字の物語 日記 和歌集等の国風文化

13世紀となり
鎌倉時代は 源氏3代から北条氏へと継ぐ武家政治
後鳥羽上皇による承久の乱 2度にわたる元寇
この時代は 仏教新宗派を基に精神性の高まり

14・15世紀は
後醍醐天皇の建武の新政は短命
その後 足利氏が室町に幕府を開き室町時代
この時代は 金閣に代表される北山文化
銀閣に代表されるわびさびの東山文化
末期は11年続く応仁の乱

16世紀は
織田 豊臣と続いた戦国時代を徳川家康が収める
この時代は 城郭 障壁画に現れる豪壮華麗さと
わび茶に代表される二面性の安土桃山文化

17・18世紀となり
江戸町人らが 面白さを追究して広がった化政文化
幕藩体制の乱れ 外国船の到来等で大政奉還
明治時代の当初は 戊辰戦争と西南戦争
列強にに追いつけと欧化政策と啓蒙思想
日清戦争に勝利し 軽工業から重工業へ

20世紀の前半は
日露戦争にも勝利し 大正時代となる
第1次世界大戦 スペインかぜ 関東大震災
そのなかでも 大正デモクラシーと政党政治
昭和時代になって 軍部が台頭し第2次世界大戦
ついには 太平洋戦争となり国土は焦土と化す
20世紀の後半は
敗戦後 主権在民の平和憲法のもと
新幹線 自動車 家電 素材等で経済成長30年
バブル崩壊で始まった平成時代30年は経済低迷
追い打ちするように阪神大震災

このように複雑さが加速している世の中
どての草刈りで見つけた彼岸花の蕾
思わずその蕾を避けた

*ここでは、長い目で政治と文化を中心に振り返った。
<参考・引用文献>
・デイビット・ベイカー著『早回し全歴史』2024年、ダイヤモンド社
・野島博之監修『図解日本史』2016年、成美堂出版
・金谷俊一郎著『決定版 日本史』2016年、学研
・百田尚樹著『日本国紀』2018年、幻冬舎
・山川白道著『四季開眼3』2024年、展望社

2025年9月15日(月)
ひとりで旅立ち

 ひとりで旅立ち

この残暑
真夏並みとはいえ
朝日は遅く夕日は早くなった
これだけでも真夏とはだいぶ違う
これも時の流れを実感する一コマ

人はひとりで生まれ
家族のなかで学び育ち
縁を得て家族をつくり育て
社会のなかでも学び育てられ育て
そうして ついには社会からも
家族や親しい人からも離れ
ひとりで旅立っていく

古来 禅僧は
「己事究明」と称して
「本当の自分」を探求してきた

秋の暮 ひとりで旅立ち 別世界

*「本当の自分」の探求は、禅僧だけでなく、他の宗派・宗教・哲学・文学などの大きなテーマになっている。なお、「第二の自分」については、拙著『四季開眼』シリーズ(展望社)をも参照のこと。

2025年9月9日(火)
ツクツクボウシの声を

 ツクツクボウシの声を

近年は
暑さが厳しくなったためか
ツクツクボウシの鳴き始めが遅くなった

鳴き始めた
ツクツクボウシの声を耳に
意識と存在について浮かんだこと

著名な彫刻家は言う
存在を単にモノとするか
生きている「もの」とするか

著名な物理学者は言う
存在を数値で表すモノとするか
数値で表せないものも含めるか

意識からみれば
生きている「もの」であり
数値で表せないものも含めるである

意識は
「かかわり」で成り立ち
この時空間に基づきながらも
ときに時空間を超えることができる

法師蝉 聞き耳立てれば 声高し

*ここでの彫刻家は外尾悦郎(1953- )氏、物理学者は佐藤文雄(1938- )氏の言葉を念頭に置いた。なお、佐藤氏は「量子モノから量子情報の時代になっている」としている。

2025年8月31日(日)
まーだ真夏日

 まーだ真夏日

今日もまーだ真夏日
暑さを避けて「つどいの丘」へ
物理学者の佐藤文雄氏の本に目を通す

そのなかに
「量子モノから量子情報へ」があった
量子をはずせば「モノから情報へ」
こんな時代になったのかな

もとよりモノは
私たちの生活を便利にしたり
そして 豊かにもしてくれている

情報は
生活を直接に豊かにしないが
その働きは社会生活に不可欠となっている

また情報は
目に見えないが
瞬時に伝わる特性がある

それに情報が桁外れに多く集まり
何かのきっかけで複雑系ができると
その特性の一つで自己組織化が始まる

そういえば
かつてテレビで見た場面
シャーレでの心筋細胞の培養で
始めはバラバラに動いていたのが
次第に他の細胞と同調するようになった

たしかに
人とのかかわりでも
同調や賛同はその集団の大きな力
NSの磁極 正負の電極と同じように
他を引き付ける力となっている

引力の 正体見たり 真夏日に

*「佐藤文雄氏の本」は、ここでは『量子力学の100年』(青土社、2024年)

2025年8月24日(日)
耐えにけり

 耐えにけり

猛暑が長く続くと
多くの野菜は元気を失うが
主根がしっかりした野菜だけは元気

人も似ている
環境が少し厳しくなると
多くの人は元気を失う

それでも人は
周りの人とのかかわりが
しっかりしていることが
ぐらつかない一助

もとより人は
信念や信頼や信用があれば
少しぐらいのことではぐらつかない

野菜の側根や根毛は

周りとのかかわりの働きをしている
人では「第一の自分」に近いのかな

野菜の主根は
真下に伸び本体を支えている
人では「第二の自分」の働きに近いのかな

そう言えば
「第二の自分」は目に見えないけれど
人生の危機の時など大きな働きをしている

耐えにけり この暑さでも 夏野菜

*令和7年の夏は、当地(豊田市)では、猛暑日が今日で10日も続いている。

2025年8月16日(土)
お盆を過ぎれば

 お盆を過ぎれば

いくら暑くても
盛りを過ぎることは
一抹のさみしさと安堵を感じる

人生もそんなものか
個人差はあるものの
40 50が仕事や体力の盛り

70を過ぎると
とくに目や歯や記憶力などの衰えは
はっきり感じるようになる

孔子の言葉に
「70にして心の欲する所に従えども
矩をこえず」に至る回顧がある

孔子の意識が
天地の営みに適合し
心の欲するそれ以前に
矩をこえていないに違いない

ああ
体力の衰えはあっても
意識は どこまでも盛んで
平らかであってほしいな

盆過ぎて 今年の峠 こえにけり

*孔子(BC551-BC479)は、儒教の祖。ここでの孔子の言葉は、吉田公平著『論語』(たちばな出版、2008年、35頁)を参照。なお、拙著『四季開眼3』「桜が満開」をも参照のこと。

2025年8月5日(水)
心を平らかに

 心を平らかに

この暑さのため
水やりを朝方しても
夕方には元気のない夏野菜

人へは
適切なエアコン使用と
こまめな水分と塩分の補給
この頃はよく耳にする言葉だ

もとより
我が健康三原則がある
それは
 食事 運動 休養だ

食事では
通じをよくする食物繊維
老化を予防するポリフェノール
体づくりにタンパク質を心して取る

運動では
朝食と夕食の前に畑仕事
朝食と夕食の後に太極拳

これらの運動で筋肉を日々鍛える

休養では
早寝早起きを基本とし
昼寝を畳の上で背筋を伸ばしてする

ただし
この健康三原則は
「第一の自分」への養生

「第二の自分」への養生は
やはり意識の純化に努めること
そのためには 心を平らかにすること

夏野菜 水をもらって 元気かな

*貝原益軒著『養生訓』に「養生の術は まず心気を養うべし」とある。なお、拙著『四季開眼2』「菊の香や」(展望社、2023年9を参照のこと。